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呼び止められて、振り返ればそこには、今しがた目の前を通り過ぎていった夜が、ただ続いているだけだった。
ただ、その時はまだ知らなかったのだ。
その夜のその続きを。
「もう、嫌だ・・・。」
そう思うと同時に、背筋に冷たいものが走った。私はその正体を敢えて、つきとめようとはせずに、また歩き出す。
「待って。行かないで・・・。」
確かに聞こえた。だが、背後に人などいる筈もない。その当然の事実を確かめはしたが、その事実を確かめることによって、言い知れぬ不気味な影を背負い続けなければならなくなった。
道はアスファルトで舗装されている。足元は決して悪くない筈なのだが、時々落ち葉や、苔などに足を滑らせてバランスを崩す。
雨が近いのだろうか。月も星も見えない。ぬめっとした空気が辺りを蓋い、そして私の体にまとわりついている。
予期せず足を取られる度に、余分に体力は奪われ、奪われた体力の倍程の気力を奪われていく。
「もう、嫌だ。もう、歩けない。」
「 何故だろう?」
確か、民家や人里からはそんなに離れていない筈だった。交番も有ったと思ったのだけれど・・・。
民家までは、まあ、30分。長くても1時間かかることはないと思っていた。
ところが、もう、2時間半。早足で歩き続けているのに、街灯の一つすら見えてこない。
足を滑らせた時に変な捻り方をしたのだろう、右足の足首が酷く痛む。そして、痛む右足を庇いながら歩くせいか、足を滑らせるたびに、左足の土踏まずとふくらはぎがつって、腓返りになってしまう。
「うー」
唸り声を上げてしゃがみこんでしまった。
その時、背後で、ガサッ、と落ち葉が鳴り、人が立ち止まる気配がする。 私は足の痛みを一瞬忘れて、背に全神経を集中する。私の両肩に冷たい手が置かれ、そしてまた、さっきと同じ声がした。
「待って。行かないで。」
もう、振り向きもしない。
「あーゎ、あーゎ、あーわー!」
唸り声とも、叫び声ともつかない憐れな悲鳴をあげながら、必死になって走った。走って、走って、走って逃げた。
何度も転んでは起き上がり、転んでは起き上がり。
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