座敷童子猫の心の痛み

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***  七十年前。  あの頃は、ただの猫だった。名前さえない野良猫だった。けど、大切にしてくれる人がいた。 「あ、猫ちゃん。外は危ないからこっちにおいで。外に行っちゃダメだよ」  ――危ない。わかっている。けど、お腹が空き過ぎて。僕は我慢がならない。何か獲物を探しに行かなきゃ。 「ほら、ダメだって。サツマイモしかないけど、食べな」  ――なにこれ。こんなの美味しくない。  サツマイモに鼻先をつけて匂いを嗅いでみたものの、やはり食べる気がしない。 「猫ちゃん、ダメだって。敵が攻め込んで来るんだよ。爆弾が降ってくるよ。死んじゃうよ」  ――敵? 爆弾? そんなの、知らない。お腹が空いたから行く。  暗い洞穴から明るい外を目指して駆け出していく。思ったほど力が入らない。けど、外にはきっと何か食べられるものがあるはずだ。  洞穴から飛び出したとたん、空から轟音がしてビクつき怯んでしまった。  ――なに? 今の音なに?  空を見上がると、大きな鳥の群れが空を覆っていた。あの大きな鳥は前にも飛んでいた。そういえば、あの鳥から何かが落ちてきたこともあった。眩しくて熱くてすごい風が飛んでくるものが落ちてきた記憶がある。危険だ。そうか、危ないとはそういうことか。  なんだか嫌な臭いも漂ってくる。危険な臭いだろうか。 「ダメだって。ほら戻ろう」  ――武、あれはなに?  そんな問いに武は答えてくれなかった。当たり前だ、言葉が通じないんだから。武が自分を抱き上げようとしたそのとき、空から何かが落ちてきた。大きな鳥たちの轟音が耳に響き続けて頭がおかしくなりそうになる。気づくと武の手を振りほどき、駆け出していた。
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