四月

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春は、好きじゃない。 薄いピンク色が華やかな桜並木も、柔らかい光を浮かべながら流れる小川も。 新年度だからか何かに心を弾ませ、生き生きとした顔をしている人々も。 どれもがキラキラしていて眩しくて、そうじゃない自分が霞んで見えるから。 ……というのは、理由の3割程。 「──それじゃあここで待っててもらえる?少ししたら呼ぶから」 「はい、わかりました」 私の返事に、人好きのする…けれど馴染みのない笑顔を浮かべた担任の先生が、同じく馴染みのない教室の扉の向こうに消えたのを確認してから、はぁ…、と私は小さく溜息を吐いた。 残り7割はまさにこれだ。 親の仕事の都合上、幼い頃から私もついでに兄も転校が多かった。 やっと慣れたかと思えばそこから離れ、そしてまた新しい場所に一から慣れなきゃならなくて。 柔軟で社交的な兄はともかく、引っ込み思案だと自負する私にとって、その作業はかなり苦痛だ。 年度の変わり目で、というのが大抵だったからそれはまだ助かっているけれど、ちょうど小学校に上がる時に、とかそういった節目に当たることはそうはない。 それは今回も例に漏れずで。 2年生という中途半端な時分に、もう出来上がっている関係の中に入っていくのも、好奇の目で見られるのも、何回経験したってひどく憂鬱になる。 だから、春は好きじゃない。 それでも。 嫌いだと言い切れないのは、ずっと大切にしてきた約束を交わしたのも、春だったから。
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