六月

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「誘ってもらえて、すごく…すごく嬉しかったです。私の方こそありがとうござ…………あ、あり、ありがとう…っ」 多分、夕焼けと同じくらい真っ赤になってるだろう顔をぺこっと下げる。 思いきって敬語を外したお礼はものすごく不恰好になってしまったけれど。 「あは。うん、そっちの方がやっぱ嬉しい」 中谷さんは顔をくしゃとさせて、嬉しそうに笑ってくれて。 つられるように笑顔を浮かべた、その時。 「あ、風祭くんだ」 「!」 ふと漏れた名前に、条件反射の如く心臓と肩が小さく跳ねる。 私の肩越しに向けた中谷さんの視線を辿るように振り向けば、名前の持ち主が「…よう」と軽く手を挙げた。 「やほー」 「ど、どうも」 親しげに手をひらひらさせる中谷さんに、まだその距離にいない私が倣えるわけもなく、また駆け足を始めた心臓に落ち着けと言い聞かせながら、会釈で応えたのだけど。 一瞬だけ、彼の眉が歪んだ……ような気がする。 き…気のせいかな……。 不安に思う間にも、風祭くんと中谷さんは会話を弾ませていて。 「珍しいね、こんな時間までいるの」 「ああ…、サッカー部の奴らに捕まってた」 「そういえばサッカー部も試合近いんだったよね。さっすが名助っ人!頼りにされてるね~」 「……持ち上げてもなんも出ねーぞ」 「あら、残念」 当たり前だけど、そのやりとりはすごく自然だ。 その“当たり前”ができるようになるのは一体いつだろう。 そもそも、できるのかな……。 「…………」 ……ダメだ。 またネガティブな思考に陥りそう。 「あ、あの、それじゃ私はこれで……」 2人にそれを気づかれるのも、会話に入るのも憚られて、お暇しようと足を1歩後ろに引いて『帰ります』の体勢をとった。 ……のだけれど。
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