六月

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「あ、待って待って。忘れモノしてるよ」 「……は?」 ぽかんとしたような声を漏らしたのは、私ではなく風祭くんだ。 それもそのはず。 中谷さんが『忘れモノ』と称してピッと五指を向けた先は風祭くん、その人だったから。 「え……と、な、中谷さん?」 「確か二人は方向同じでしょ?なら一緒に帰ればいいと思って」 状況がうまく飲み込めず一拍遅れて反応した私に、彼女は至極当然のようにそう言うけど。 一緒に、ってそんな……こ、心の準備が……! それに風祭くんも疲れてるだろうし、気を遣わせてしまうのは心苦しいというか……。 「ね、そうしなよ」 「あの、でも…私歩くの遅いし…」 「なら尚更。日も暮れてきたし、ボディーガードがいたら心強いじゃない」 「で、でも、まだ明る…」 「別に、いいけど」 押し問答に突然割って入った声。 目を見開く私とは裏腹に、中谷さんはにっこり笑う。 「ほんと?じゃあよろしく。 あ、くれぐれも送り狼には……」 「な、ならねぇよっ!」 「ということだから、安心して帰ってね、須賀さん」 緊張して安心なんて感じるどころじゃないよ、中谷さん……! 勿論そんな叫びは口に出せるわけもなく、断れる空気だって微塵もないから、もう頷くしかない。 「ったく……。まぁ、中谷も気を付けて帰れよ。 ……じゃ、行くか」 「は、はい。 中谷さん、ま…また明日」 「うん、また明日ねー」 なんだか満足げに手を大きく振る中谷さんに手を振り返し、少し前を行く風祭くんに駆け寄った。 「あの……ありがとうございます」 「……いや。ついでみたいなもんだし」 「……あ…えと……」 「…………」 「…………」 ……ど、どうしよう。 早速会話が続かない。 それに歩くペースも、校内を案内してもらった時より幾分早い気がする。 風祭くんは斜め前を歩いているから、どんな顔をしているかわからない。 だから、余計に不安になってしまう。 ……やっぱり、迷惑だったのかも……。 気持ちが萎み始めると同時に、視線も段々下へ下へと落ちていって。 遂には自分のローファーの先っぽが見えた時。 ピタリ、と風祭くんの歩みが止まった。
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