七月

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*華ハル/本編 【彼との距離】 昨晩の雨が嘘のような青空が広がる朝。 マンションの門の脇に植えられたサツキの葉が、雨粒を抱えてキラキラと光る。 そこに咲く濃いピンクの花もその色を一層鮮やかにして、見て見てと誇らしそう。 思わず頬を緩めていると。 「真知留ーー!」 バタバタと慌ただしい足音、それから自転車の車輪が回る音と共に、私を呼ぶ大声が和やかな気分に割り込んだ。 その犯人の名前は須賀一希──私の兄だ。 ……もとい。残念ながら、私の兄だ。 言い直したのは他でもない。 一見すればどこにでもいそうな大学生だけど…… 「もうっ、真知留ってば置いてっちゃうなんてヒドイ! まぁ、そんなつれないとこも好きだけど」 「…………」 そんじょそこらにはいそうにない、重度のシスコンなのだ。 比べる対象が身近にいないから、重度かどうかは実際定かじゃないけれど、こんな発言は日常茶飯事だし、自転車通学にも拘わらず、家から駅まで徒歩10分にも満たない時間ですら貴重だとでもいうように、私といたがる程度には重い。 通学に関しては本人曰く、時間が合う時だけってことだけど、正直怪しいとこだ。 「……今日の講義は午後からって昨日言ってたよね?」 「……ソンナコトイッタッケ?」 ほら。この棒読み。 信じろと言われても無理な話だと思う。 「そ、そーいや、真知留は1限目体育だったよね!球技大会も来月だし、その練習とか?もう種目決まった?」 向けたジト目に、『誤魔化してます』と言わんばかりにあからさまに話題をすり替えるお兄ちゃん。 まったく……、とちょっと呆れながらも、やぶさかではない質問に私はコクンと頷いた。 「……うん。ソフトボール。 中谷さんがね、その…、いっ、一緒のにしよって誘ってくれて……」 「お、そーなんだ? そっかそっかー。もうすっかり仲良しじゃん♪」 な、仲良し……! 「……そ、そ…かな……? そう…だといいな……」 言われた言葉が嬉しくて、噛み締めるように呟くと、そうだよ、と肯定するかのように私の頭にやんわり手が乗っかって。 くしゃりとかき混ぜられたけど、振り払う気にはなれなかった。 お兄ちゃんの顔が……まるで自分のことみたいに、すごく嬉しそうだったから。
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