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そんな生活が2、3年続きました。いつしか私は彼に尽くすことで、この生活の中に充実感を得ていたのです。そんなある日のことでした。彼が突然こう言ったのです。
「今まですまなかった」
私は突然の出来事にとても驚きました。なぜなら、彼が腕を失ってから、彼が謝ってくれたことなど一度もなかったからでした。
「今まで迷惑をかけてしまった分、これからは何とか自分なりに働く方法を探すから、これからは恩返しをさせてくれないか?」
不器用な彼の言葉でしたが、その瞬間は私が生きてきた中で、最もうれしい言葉でした。自然に目から涙が溢れ出るほどうれしかった。そのときはそう思いました。彼がどうしてそんな心境の変化があったのかはもう、わかりません。しかし、きっかけを作ってくださった方には本当は感謝をしなければならないのでしょう。しかし、今、私の心の奥底ではその人が憎くて仕方ないと思ってしまうのです。
彼の心境の変化から数日。彼は片腕と口を使って、もう一度彫刻を彫り始めていました。顔中を傷だらけにしながらも、彫刻を彫る彼の姿はとても輝いていました。あの日から酒も止め、まじめに彫刻に打ち込んでいる彼に私はなぜか不安になりつつありました。あの頃の私にはその正体はわかりませんでした。
そんな日が続いたある日、私は彼にお酒を進めていました。何故かはわかりません。強いて言うのであれば、好きなものを我慢し続けるのは体に良くないのでは……と考えたからでしょう。しかし、彼は
「お酒はきっぱりと止めると決めたんだ。悪いけど下げてくれないか?」
と言いました。彼の決意は固いようでした。それからも、何度か酒を進めてみたり、休むように言ってみたりといろいろなことを試してみましたが、彼は彫刻を彫り続けました。しかも、その作りかけの作品を私には見せようとはしてくれませんでした。私はしだいに不安になっていきました。
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