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「――はぁっ」
部屋へ入るや否や鞄を放り投げると大きく息を吐き出して、隅に折り畳んだ布団へと顔面を預けた。
古い、四畳半の和室。
雑然とした物といつもの匂いが、ざわざわと落ち着かない心を急激に現実へと引き戻してゆく。
コチコチと鳴る秒針の音を黙々と体内に取り込んだ僕はゆっくりと横を向くと、静かに肺に溜まっていた空気を吐き出した。
『明日、また来て』
それだけ言うと、彼女は僕の横をすり抜けていった。
『えっ?』
『待ってるから』
突然のことにそんな声しか返せなかった僕に、彼女は振り返ることなくそう念押しして駆けていった。
途端に静かな夜の気配が返ってくる。
結局名前すら聞けなかった訳ではあるが、あれはどういう意味なのだろう。
「……明日、か」
ぼーっと宙を眺めながら小さく呟く。
待ってるなんて言われると行きたくなるのは僕だけか。
初めて話した遠い記憶の女の子。微笑んでいるのに最後までどこか冷めた色をしていた彼女の目は、何故か酷く哀しそうに見えた。
待ってるから。
あの言葉の裏に何か特別な意味がと考えてしまう僕はなかなかイタいのかもしれないと自分でも思う。
舞い上がってるのは僕一人だけなのかもしれない。
でも。
それでも嬉しさとは違う何かが胸に渦巻く僕は、もう頭の中で明日の夜のことを考え始めていた。
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