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「おまえさぁ、あの親父に触られてもなにも思わねぇわけ?」
「は?」
きょとんと見上げた先で、藤吉はさらに不機嫌そうな顔になる。
うわ、おまえそれなかなか極悪な面構えになってんぞ。
「あの親父って、柏木さんのこと? べつに。だってなんの実害もねぇし」
俺、女の子じゃねぇし。
「おまえの馬鹿さ加減は筋金入りだな」
「喧嘩売ってんのか、売ってんだな」
「事実を教えてやってんだろうが。あぁ、まぁでも昔から馬鹿だもんな、おまえ」
「どう考えても売ってんだろうが……!」
小声で喚いた俺をさくっと無視した藤吉が、ちょうど降りてきたエレベーターにすたすたと乗り込んでいく。
いやいやいや、どう考えても売ってんだろ、喧嘩。
なんとなく癪で乗らないでいた俺に向かって、藤吉が「開」ボタンを押したまま無言の圧力をかけてきやがった。
「他の階で待ってる人がいたら迷惑だからな、それだけだからな」
ガン無視か。みんなのアイドルの萩ちゃんの嬉しはずかしなツンデレをガン無視か。
何様だ、てめぇ。藤様か。俺様か。
無言のエレベーター、イン俺プラスおまえとか。どんな拷問だ。
ちらりと横を見上げてみたところで、藤吉は涼しい顔のままだった。……マジで腹しか立たない野郎だな。
チン、と軽快な音を立てて、目的の階にエレベーターが止まる。
無言のまま箱から足を踏み出した藤吉が、自宅のドアを開ける手前で振り返った。
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