《その②》

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ところで俺は今でも鮮明に初めて女装した日のことを覚えている。 小学5年生の夏休み。 ちやほやされて生きていると言っても過言ではない妹を「いいないいな、俺も女の子したい」と指をくわえんばかりの勢いで見つめていた俺を憐れんだと言うよりかは、面白がったらしい母が買ってきたのが、黒髪のストレートウイッグだった。 ウイッグをかぶって、軽く母にメイクをしてもらった鏡に映った俺は、自分で言うのもなんだが、結構な美少女だった。 なにこれかわいい、マジ好み。 そんな俺と母のきゃっきゃうふふに触発されたまりえに、一張羅の真っ白いワンピースまで貸し与えられてしまったものだから、30分後には「真夏の美少女」な俺が出来上がっちゃったのだ。 テンション上がって、ちょっと出かけてくる! と外に飛び出してみたところ、ばったり隣のクラスのガキ大将・藤崎と出逢ったのだった。「藤」と名のつく男にろくなやつはいないんじゃねぇのかと思いたくなるくらいにはムカつく相手だったのだが、この日は違った。 道幅の狭い場所で会おうものなら、通せんぼして意地悪なことばかり言ってくるのが常な藤崎が、顔を赤らめて、この俺に道を譲ったのだ。 一瞬、自分の格好を忘れていた俺は、なんだこいつ気持ち悪いと思ったのだが。 ふわりと舞ったスカートが視界に入って、はたと気が付いた。 あ、そうだ。俺、今、女の子なんだった。しかも極上の。 だから。いつもだったら嫌なことしかしてこない藤崎が、俺を優先したのか。 やっべ、すげぇこれ。俺、あいされてる! そして俺は、まるで世界が開けたような気分になったのである。逢う人逢う人、みんなが俺を気にかけてくれてるんじゃないか、的な。そんな気分。
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