序章

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僕も、母も、祖父も横浜の街に何かを置き忘れている気がした。 何かを期待していたわけでも無い。 ただ、一度だけ住んでみたくてそう決めたのだった。 突き動かされてしまったのだから、仕方がないのだ。 甲府の街は嫌いではない。のんびりとしていて過不足なく全てが揃っている街だ。 南アルプスや富士山に惹かれて移住する人達も多い。 高速バスを使えば、東京もすぐそこでそれなりに刺激も在る。 都会に出たいわけじゃない。 人混みは嫌いだし、都会に何かを求めてもいない。 だから、僕は横浜に住んでみたいだけだった。 荷物は、単身赴任パックの軽トラックで送った。 駅までの見送りも断って独りで電車に乗り込んだ。甲府から新横浜までは二時間もかからないのだ。 一度目は大学のオープンキャンパスで、二度目は受験の面接だった。 下宿はネットで検索して、契約書も郵送で、僕が横浜に足を踏み入れるのは三度目だった。 横浜駅から、ローカル線の相鉄本線に乗り換えて大学の傍の駅で降りる。 そうして、築年数もわからないオンボロなアパートに辿り着いた。
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