序章

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「原付買わないとだなぁ……」 一番初めに考えたのは、そんな事だった。 大学は駅から離れた場所にあるし、何しろ坂が多いのだ。 甲府は確かに山に囲まれているのだけれど、街の中は平坦で自転車でも充分だった。 海岸沿いの中華街やみなとみらいはそうでも無さそうだったけれど、この場所で自転車は無理だと思えた。 畳だけが新しい部屋に転がって、肩の力が抜けるのを感じている。 別に不満が在ったわけではない。 窮屈に感じていたわけでも無いと思っていた。 だけど、色々なしがらみから解放された気がしたのだ。 心残りも在る。高二の夏から付き合った彼女は地元の大学を選んだし、入試や引っ越しが近付くにつれギクシャクしてしまう。 僕も忙しくなるだろうし、それは彼女だって同じだろう。 「公平君は、執着心が無いからなぁ……」 普段はそう言って笑っていた彼女は、僕が横浜の街を選んだ事に複雑な表情を浮かべた。 僕が目指しているのは教職だったし、それならば地元の大学で充分だと最後まで嫌がったのだ。 「頑張ってみるけど……」 遠距離で関係を続ける事に対しての言葉。 「二時間も掛からないし……」 僕はそう答えたけれど、やっぱり自信なんて在る筈も無くて…… まあ、予想通りで深夜の長話に僕の知らない話題や名前が増えて、徐々に電話もメールも減って、夏の休みに帰省した時に別れ話をしたのだ。 僕も彼女も、案外あっさりしたものだ。
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