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「あれ……? もしかして神林?」
聞き覚えのある声に、心臓がひっくり返りそうになる。俯き気味だったから、客の顔をまともに見てなかったのだ。僕は視線をゆっくり上げていくと、そこには見知った顔があった。
この学校のOGで、演劇部の先輩だった日比谷さんだ。そして僕の片想いの相手でもある。でも告白する事なく彼女は卒業してしまい、僕はこの想いを胸に閉じ込めたまま、新しい恋をする事も出来ずにいた。
「似合ってるじゃない」
日比谷さんが、からかいを含んだ瞳で僕を見ている。僕は全身が火照ったようになり、どこかに隠れたくて仕方がなかった。
「そんなに硬くならなくても。まさか神林のそんな姿が見れるとは思ってなかったけど、女の子にしか見えないし、誰も神林だとは気づかないと思うわよ?」
笑いを堪えながら言う日比谷さんに、それなら何故すぐに、僕だと気づいたのか聞きたかった。でも、そんな疑問とは裏腹に、僕の口から出たのは全く違うものだった。きっと、彼女を想う時間が長すぎたのだ。とにかくこの再会を逃したくなかった。
「あ、あの僕、もうすぐ交替なんです! だから、あの、その!! ……」
それなのにテンパってしまい、上手く言葉を紡げない。日比谷さんはそんな僕に、極上の笑顔を見せる。でも、
「んー……でもあんまり時間は無いのよね」
返ってきた言葉は、好ましいものではなかった。
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