第二話

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泳ぎきってすっかりあがった息を整えながら、さっきまで自分が泳いでいたプールに目をやる。穏やかにうごめく水面は黙ってソラの泳ぐ道を開け、黙ってソラを見ていた。ソラのことなど気にも留めていない、黙って命令に従う機械のようだった。ソラはそっと自分の足元を見る。ぐにゃぐにゃに歪んだ自分の足は、リクに助けてもらったあの日に見かけたハコの兵のように見えた。 『誰かに対する感情が膨らんでハコになると、黒いおばけみたいな兵が出てくるの』 ーーボクに対する嫉妬の感情で生まれたあのハコのハコ主は、今の僕を見てどう思うんだろう。これでも、うらやましいって思うのかな。ボクは……。 『どんだけピアノの価値がわかんなくたって、どんな気持ちで弾いているのかは嫌でも伝わんだぞ!』 ーーボクは、こんなに楽しくないのに。 顔に流れてくる水を腕でぬぐってプールから上がる。ソラのタイムを監修していたコーチのうちの一人が小走りでソラにかけよってきた。手に握っているバインダーは、水にほかの生徒が飛ばした水で濡れている。水滴を気にすることなく信じられないというような顔で、コーチはソラの肩に手を置いた。大きく見開いたグレーの瞳に、ソラは飲み込まれそうになる。子どものように目をきらきらさせているコーチを見て、ソラはぐっとこぶしを握った。
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