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「あの、いえ、大会はやめておきます。今日のも、たまたまうまくいっただけなので……」
ソラの心が、大きな声で「たまたまではない」と叫んでいた。コーチにお辞儀をしてプールを離れる。「今日はもう終わりか?」と言われ苦笑いを返す。これ以上は、もう泳いでいられなかった。ふと城田のハコで聞いた城田の心の声を思い出す。
『私も楽しく弾いていたのに』
水泳帽とゴーグルをとってシャワーで髪をほぐす。カルキ臭い水を、早く体から流しきってしまいたかった。シャワーの水が止まってから、水が排水溝に流れきるのを見守る。滑っていく水と一緒に、自分の背中に刺さる視線も流してしまいたかった。
更衣室のロッカーを開いて中身をかき出す。電灯は、まだ取り換えられていない。薄暗い中一人で荷物を整理してシャワールームに入る。汗なのかプールの水なのか、それとも別のなにかなのかわからない水分すべてをぬるいシャワーでぬぐっていく。自分の鼻が熱くなるのを感じて、ソラはぐっと唇をかんだ。精一杯抑えた嗚咽は、コンクリートに打ち付ける水音に隠される。水の中のようににじんだ自分の足が、ひどく不恰好に思えた。
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