0人が本棚に入れています
本棚に追加
おじさんは、急に油っけの抜けた顔つきなり、僕の手を両手で支え持って感謝してくれた。僕は、照れた笑顔をおじさんに返した。
「それは、とてもよかったです。何だか、僕も…」
「じゃ次はパッパとプープをドンパって、グメグメしてくれたまえ!」
おじさんの目が、再び三白眼となり僕の目を射すくめた。一瞬、ずっとこのおじさんに付きまとわれるのではないか、という恐怖が頭をよぎった。
「どうした、涙など浮かべて。なんでぺこぺこ謝る? 急いでいるんだろう? 早いとこやってしまえ。さあ! どうした!」
僕は、涙を拭った。僕の現実は、ここだけだから。
「違う! パッパと言ったらパッパだ! あ ヌガッ。ヌガって言ってるじゃないか!」
「すいません!」
「まったく 急にカナピッピをハタヌるやつがあるか。カナピッピをハタヌるととてもヌガいんだぞ」
「はい。もうカナピッピはハタヌりません!」
「プープとからめてドンパるんだよ」
「はい。こうですか?」
「そう。そのままドンパるの。ドンパる。ドンパれ。ドンパれよ、このやろう! そうだ! そうそうそうそうそう・・・ウハアッ!」
おじさんはマントを両手に広げ、一気に宙へ舞い上がると一回りして空に輪っかを描いた。その輪っかに空が切り取られ、ぽっかりと赤黒い穴が開いて、そこからトルコの軍楽隊のラッパのような音が鳴り響いてきた。おじさんは、一度だけクルリと下の僕の方を振り向いて、片手でちょっと帽子を上げてみせると、そのままその穴の中へと飛び込んでいった。
穴は、とたんに閉じられてまたもとの空の景色に戻ってしまった。
僕は、いつまでも空を見上げていた。
何かやりとげたとは思うのだが、これほど何も残らないこともあるんだなあ、とぼんやり考えていた。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!