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「な……なせ」
目を覚ましたお兄ちゃんは少し掠れた声で私の名を呼んでくれた。
「お兄ちゃん! 良かった。ゴメンね。本当にごめんなさい」
「七瀬ちゃん。明人は七瀬ちゃんを助けたくてやったんだから、ごめんねじゃなくてありがとうって言ってやって」
東条のおばさんが涙声でそう言った。
お兄ちゃんは一命を取り止めて、家族以外の面会がやっと許されたのだった。
私は一晩意識不明だったそうだが、大した外傷もなく翌日には退院を許されて仕事にも復帰していた。
「そうだね。ありがとう」
お兄ちゃんが口角を少し上げて頷いた。
「七瀬。俺は許さないからな」
ゆっくりと。でも、はっきりお兄ちゃんはそう言った。
「明人⁉」
おばさんの怪訝な面持ちを無視して、お兄ちゃんは私をじっと見つめた。
「俺から離れるなんて、絶対に許さない」
「もちろん退院後のリハビリの付き添いはするよ? 私にできることは何でもするから」
大きくため息をついたお兄ちゃんはおばさんと目を合わせた。
「お袋のせいだからな。俺も腹くくったから、ちょっと出てて」
「はいはい。邪魔者は帰るわよ」
ささっと洗濯するパジャマやバスタオルをまとめると、おばさんは病室を出て行ってしまった。
「おばさんのせいって、どういうこと?」
わけがわからなくて聞いてみた。
「お袋がおまえに余計なことを言ったんだろ?」
ああ、あのことか。
「余計なことじゃないよ。気づかなかった私も悪いんだから。お兄ちゃんに結婚したい人がいてプロポーズしたいんだけど出来ないって。私が心配だからって」
確かにおばあちゃんが入院している間、お兄ちゃんは入院費用のこととか一人暮らしになった私のことを気にかけてくれていた。
「お袋が言ったのは、ニュアンスが違っていたと思うんだけど。おまえの気持ちがわからなくて言い出せないって言ってただろ?」
「そうだったかな?」
正直、あの時はショックが大きすぎてよく覚えていない。
ずっと彼女なんていないと笑っていたお兄ちゃんに、いつの間に結婚を考えるほどの人が現れたのか。
商社で働くお兄ちゃんの周りには、きっと頭が良くて綺麗な女の人たちがいっぱいいるんだろう。
いつまでも隣の女の子を気にかける必要なんかないのに。
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