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「そもそもいるのか、お客さん」
「あ、それは言っちゃダメだよ。それを言っちゃあ、おしまいだよ」
「寅さんか」
「ん、どういう意味?」
里佳はキョトンとしていた。
「いや、知らないならいい」
苦笑しながら適当に誤魔化す。浩人もよく知ってるわけではない。子どもの頃、三国が口癖のように言っていたのを聞いたことがあるだけだ。
「本当、営業って大変。前の職場でもっと営業のヒトたちの話、聞いておけばよかった」
「俺も営業はなあ。経験ないから全然わかんないなあ」
扉がガラガラと開き、上機嫌の三国が荷物を抱えた泰人を引き連れて帰ってきた。
「お、里佳ちゃんもう帰ってたのか。今日は早いな」
「んー、あんまり粘れなくって」
「ってことは今日もあれか」
「そうですね。今日もちょっと」
里佳は下唇を突き出した。
「難しいねえ。いや、本当に難しい。おい、泰人、チラシ、見本があっただろ」
「あ、見本でもらった分は鞄に入ってるよ」
「そうかそうか。おい、里佳ちゃん、これ」
「なんですか?」
三国が取り出したのは大手墓石販売店主催の墓苑見学ツアーの案内チラシだった。
「へー、こんなのあるんですか」
「見てみなよ、料金」
「料金? え、無料?」
「そう、無料のバスツアー。ジジババ集めて墓地に連れてって、そこで墓石陳列して説明会やって買わせんのさ。うまいよねえ。でね、墓地も宣伝になるから場所提供したりなんだり持ちつ持たれつってわけよ。考えたもんだねえ」
「へー、こんなのあるんですね」
「そうよ。でさ、ここから先なんだけどね。こういうのは墓参りのシーズンにはやらないんだ。まあ、そりゃそうだ。でね、墓参りって言っても行きたくても行けない人っていうのもけっこう多くてね」
「例えばどんな?」
「それだよ。墓参りって言うと家族でとかって話になるけど、若い人はあんまり行かないよ。でね、行きたいのはもっと歳いったジジババなんだけど、もうさ、ボケちゃったり足腰弱っちゃったりするわけよ。で、ひとりじゃいけない、と。かと言って子どもらに連れてってくれって言うのもあれだしな」
「そういうお年寄りがお墓参りに行きたいんですか?」
「行きたいのよ。特に先に配偶者を亡くしちゃった片割れな」
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