第1章

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呼び止められて、振り返るとそこには彼女の唇があった。 「うぉっご、ごめん!」 彼女が呼び止めた時に電車が大きく揺れたアクシデントだと思い、俺は思わず飛びのいた。 「あ、大丈夫…」 その証拠に彼女も気まずそうに俯いた。 この数カ月、同じ志望校を目指して一緒に勉強をしてきた塾仲間のひとり。県から遠く離れたA高を目指すのは、塾では俺と彼女の二人だけだった。 情報交換をするうちに仲良くなり、一緒に勉強することも増えて、俺は受験生の身でありながら彼女を好きになってしまった。 ようやく今日、受験が終わった。もう明日からは塾に行くことがほとんどなくなる。 毎日のように自習室に通い、彼女と交わす勉強の合間のおしゃべりだけが最近の楽しみだったのに…。もう彼女に会う口実がなくなってしまった。 電車がカーブに差し掛かり、またもや大きく揺れて彼女がよろけた。 俺は咄嗟に腕をつかみ転ばないように引き寄せた。 「だ、大丈夫?」 「あ、ありがとう」 もうすぐ彼女の降りる駅だ。俺は必死に話すネタを考える。できればまた会える口実になるような話を…。 でも焦れば焦るほど思考はまとまらなくて、気まずい沈黙だけが流れた。 「あの…さ」 車内アナウンスで彼女の降りる駅が連呼され始めたとき、彼女が俺の服を掴み寄せ、耳打ちした。 「さっきのわざとじゃないから」 そう聞こえたかと思うと電車がブレーキ音をあげて止まった。 「バイバイ!」 真っ赤な顔で言い捨てて、彼女は電車を飛び降りていく。呼び止める余裕なんてないままにドアが無情に閉まる。 どういうことだ?彼女が言ってた「さっき」の場面を思い返してみる。さっき転びかけたとだろうか。それともその前の…。 俺は意を決してケータイで彼女にメールした。 受験の打ち上げにどこか遊びに行かない? 言おうとしていえなかった言葉を、メールで送った。果たして答えはどうなるか…。 サクラ咲け。
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