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「なんなんだ、これは」
僕は初めて幸恵の内部に踏み込んだ。遅すぎた一歩である。幸恵はとうに自分の知っている幸恵ではなかったのだ。
「別に、あなただってずっと帰ってきてないじゃない。今さら私に指図できるの」
「だからってこんなにしてくれとは頼んでない。惠はどうした」
「もう11時よ、眠ってるに決まっているじゃない」
生気のない顔で幸恵は答えた。僕には幸恵が悪霊に取りつかれたようにしか思えなかった。幸恵は落ち着いていながら、自分の論説を正しいものだと信じていた。いや、正しいのだがどこか主張する点をはき違えているのだ。
僕はなにも答えずに、床に散らばった洗濯物を洗い、とりあえず見苦しくない限りの清掃を行った。
僕が帰るたび、家は散らかっていた。テレビで見ているごみ屋敷は、僕の妨害がなければあっという間に完成していたことだろう。
その生活が三か月続いたとき、僕はついに我慢の牙城を崩してしまった。思考回路の巡りが悪くなり、時折目まいを感じるようになっていた。いい大人がとも思っていたが、重圧で体のいたるところも麻痺しだした。体も心も限界だった。
僕は台所でカップ面を作っている幸恵に語りかけた。
「悪いが、もう無理だ。こんな生活耐えられない。別居したい。しばらく考えたいんだ。惠はこちらで引き取るから」
こんな生活、子供にはふさわしくない。なにより、僕の呼びかけに惠は頭を振るか振らないかになってしまっていた。
「あなた毎晩遅くにしか帰って来られないのに、惠の面倒なんか見られるの」
その一言は僕にとって致命傷だった。今までないがしろにしてきた男が、急に息子の面倒を見る虫の良い話があるだろうか。
だから代わりに、一か月に一度惠と会える日を設けることで、僕は生活費を入れることに合意した。もちろん、幸恵も最低限の家事をすることになっていた。
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