第1章

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 泣いている時間もあるだろうに、僕は幸恵の好意に甘えていたズルい人間だった。だけども、幸恵を手放したくもなく、今の生活で結婚を申し込めるような身分でもない。いつまでも、うだつの上がらない雑草が空を見て太陽に憧れていた。本当に身分の違う恋慕だった。  幸恵は夜を求めることはしなかった。その配慮は僕にとって救いでもあったが、同時に男としての自信を喪失させていた。毎日がこのままの状況に対する打開策を求めていた。 ★  幸恵と同居して一年目。仕事の成り立ちを理解しはじめてきた。それが少しだけ時間のゆとりをもたらした。僕の決意が一つ固まっていた。  幸恵が目覚める前に、パソコンのパワーポイントで作成した言葉に指輪と婚姻届けを置いて仕事にでかけた。 幸恵がキーを叩くことによって二人の写真とそして「君を愛している」のメッセージが浮かび上がる仕組みだった。  その日、一日仕事の内容は覚えていない。  帰ってくると、幸恵の出迎えがなくて、ただパソコンの液晶画面には、最後の返答によるイエスのクリックが成されていた。  寝室で寝息を立てている幸恵のおでこに手を乗せると、幸恵は僕の手を握り締めた。    
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