年の瀬

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「あの時を思い返すと……。夢か現実かわからない。ただ一つ覚えているのは世界の全てが終わってしまうような、彼との時間が終わった最後の日、私の中で一番大きな感情は喪失だった」 テーブルの上のテープレコーダーの残量を確認しながら僕は「それは今も?」と藍(あい)に話の続きを促した。藍はうなずいた。 「警察の人も世間の人も彼の事を悪だと言った。私の中の常識は眞人(まさと)に逆さまにひっくり返された。そしてその逆さまの常識はまた元通りにひっくり返されて、こっちが世間の常識ということを知った」 檻の中で藍は淡々と語る。真っ暗な瞳の向こうの記憶がゼロになってしまう前に、僕は彼女の記録を残す。 記者という職業柄。いいや、個人的にも。決して公表することは許されないだろうが知りたかった。純粋な興味だ。 藍の言う“彼”とは立花眞人(たちばなまさと)被告の事。22歳フリーターの男だ。 藍を拉致監禁していた。家に捜査が入り、立花は現行犯逮捕。藍は保護された。
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