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呼び止められて、振り返るとそこには、ねじれた窓が浮かんでいた。
今まで歩いてきた道のど真ん中に突然あらわれたソレは、ぐにゃりと歪んでいて、昔美術の教科書で見た絵を思いおこさせた。ほら、あれだ。ぐにゃぐにゃと曲がった時計。なんとかダレだかダリだかというやつが描いた絵。しかし、目の前にあるのは……
ぐにゃりとねじれた窓。
それは、すでに指三本分くらいの隙間があいていて、闇をのぞかせている。
その異様さに俺は一歩あとずさった。
その窓が少しずつ開いていく。闇の向こうから五本の指らしきものが突き出された。長く鋭い爪。緑色のハ虫類のような鱗に覆われた手。
闇からは、うぉーん、うぉーん、と低く重い音が漏れてくる。さっき呼び止められたように感じたのは、この音だったのか?
少しずつ。少しずつ。開かれてゆく窓。ひろがってゆく闇。そして、闇のむこうに赤い二つの点が妖しく光ったのを見た途端。
俺は全速力で駆け出していた。逃げろ。振り向くな。はやくはやくはやく、と。頭のなかで警鐘が鳴り響く。
そのまま無事自宅にたどりついたものの一人でいるのが怖くなり、友人の住むアパートに転がりこんで一夜を明かした。
翌日。
俺は友人を伴い、あの窓があらわれた場所に来ていた。あまり来たくはなかったが、それでも気になったのだ。何もないことを確かめて安心したかったのかもしれない。
「なんにもないじゃないか……」
友人は呆れまじりの声をあげ、
「お前、つかれてたんじゃない?」
と気の毒そうな視線を向けてきた。
ああ、そうかもしれない。心配かけたな、と俺は謝りながら安堵の息をついた。そう、いつもと同じ、何もない、かわりばえのしない道だ。ここに来る途中でだって、白地に黒のぶち猫とすれちがっただけじゃないか。
じゃあ戻ろうか、と歩きだして何かを踏んだ。見ると、どうやら尻尾の先っぽい。それが道ばたの草むらから、はみ出ていたのだ。
「どうした?」
友人が横から草むらをのぞきこんで、顔をしかめた。
白地に黒ぶち模様の、さっきすれちがったのと良く似た猫が、緑の葉を赤黒く染めて死んでいた。
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