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「それ、ココア、子供の分。ようこはコーヒー。ザリガニパンも2つあげる。袋ごと持ってけよ」
知ってたんだ。子供と帰ってきてたの。無理もないか。この街では隠し事は出来ない。けんちゃんは袋の中からザリガニパン1つだけ出して、袋ごと私に押し付けた。
「ありがと」
「旦那さんは?」
旦那は都会の人。私が16歳の時に、たまたま仕事でしばらく滞在していただけの人。あれ以来ここには足を踏み入れていない。私も。
「来ないよ、仕事あるから。私もお母さんの具合良くなったら帰る予定」
けんちゃんは眉を下げて、あっそ、と嫌そうに笑った。
途中まで一緒に帰って、分かれ道でけんちゃんとバイバイしてから旦那に電話をかけた。
「――…もしもし? 今家に戻るとこ。うん、コンビニにいたの。昔の友だちを見たよ」
電話の向こう側が騒がしい。きっといつもの飲み会の最中なんだろう。億劫そうな声で返事が来た。
『見ただけ?』
「うん。見ただけ」
けんちゃんが笑う時の笑いジワとか、手の甲とか爪の形とか。焼きつけるように、見ていた。
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