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先ほどの自己紹介の内容を思い出してみる。
話すことといえば仕事か趣味か、住んでいる場所のことなど、当たり障りのないことに決まってはいるのだが。
ところが彼は、メンバーリストにじっと目をやったまま動かない。心なしか斜めに座っていて、あさ美の方を向こうともしないではないか。
「あのぉ……」
話しかけようとした瞬間だった。
隣の若い女性の前の席が空き、あろうことか
「次、お話ししてもいいですか?」
とずれていってしまった!
(ここはウェイティングサークルかよー!)
心の中で叫びながら席を立ちドリンクバーへ向かう。
(こうなったら飲んでやる)
思ったものの昼間のことでアルコールは置いていなかった。
おとなしくジュースを手にしたあさ美は、先ほど話せなかった目当ての35歳の男性が一人になっていることに気がついた。
すかさず近づいて話しかける。
「音楽がお好きって言ってましたよね」
「ええ」
「楽器をなさるんですか?」
「バンドでトランペットを吹いているんですよ」
「へえー! 私はジャズなんかよく聴くんですけれど、どんな曲を演奏するんですか」
「あ、僕はジャズはやらないので……」
「でもぜひ演奏を聴いてみたいですぅ」
「……あの、飲み物取りに行っていいですか」
初めから少しずつ後ずさりするような気配を感じていたが、逃げるように行ってしまった。
このパーティーに申し込むとき、主催者が
「女性はモテますよ!」
と言っていたのは一体何だったのか。
ふつふつと湧き上がる怒りと無念を胸に、船の手すりにもたれて波を見ることしばし。
目の前をヨットがゆっくりすれ違う。中にいるのは家族連れだろうか、楽しそうだなぁ。
しかし時間は限られている。落ち込んでいるヒマなどないのだ。
もう一人の目当ての男性と少しでも話をしなくちゃ、とデッキに目を走らせる。
見つけた。
急いで駆け寄るものの、船の速度は落ち接岸間近になっていた。
二時間の東京湾一周パーティーはお開きとなり、あえなく船を降りたあさ美は虚無感に包まれた。
「グレてやる」
そして得た結論は
「多少のブスでも若い方がモテる」
何人かとアドレスを交換することができたのだが、その後連絡をしてみても色よい返事はこなかった。
ただ一人の人物を除いては。
あさ美は船上で交換したアドレスカードの中からピンク色の一枚を取り出した。
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