第1章

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 一仕事終えたところで、午後8時のサイレンが鳴った。このサイレンをもう何百回と聞いているのに、サイレンが鳴る度に自分の両肩は電気が走ったように飛び上がる…それを向かいのデスクの大矢は、さも今見たかのように豪快に笑う。  表情を変えず手先を動かす…ペン立てに貼り散らかした付箋の中から、黄色の付箋を一枚サッと剥がして折った小さな紙飛行機は、僕の目線から水平に離陸して大矢の口の中めがけて突撃していった。  そして、いつも大矢のマグカップの中に飛行機は不時着をする。それに気付かないフリをして、少し飲んでから大矢がまた、豪快に笑う。その後に「笑い疲れたし、帰るか!」と大矢が一言いうと、この日の仕事は終わる。  「鶴の一声」ではない、「大矢の笑い疲れの一声」で僕らサービス残業組は、ようやく帰る支度を始めることができる。  僕と大矢は毎日会社に居る日、このコント…いや「終業時間の儀式」を行っている。いつの間にか始まった儀式であったが、今やこれがサービス残業組の御約束となっていた。  だから午後8時になるとフロアの全員が、僕と大矢が座るデスクに注目する。僕らはいつの間にか、その儀式の時間にデスクに居るようミーティングを終える時間を調整し、10分前には儀式の準備を完了している。サービス残業中のサービスである。  
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