第2話 声

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第2話 声

「はぁ~……。ダリぃ………」 久しぶりの休日。俺は散歩をしていた。奨励会を退会してプロへの道が絶たれてからは、俺の生活は荒んでいく一方だった。 そこで気持ちを切り替えて、真面目に就職活動でもしていれば良かったとは思うが、当時の俺は何もかもがどうでも良くなっていた。結局、堪忍袋の緒が切れた親父にどやされる形で、渋々派遣社員として働きだしたのは、つい3か月前だ。 「……あ~、歩くのダリぃ……」 ホントなら布団に潜って1日中ダラダラしていたかったのだが、今朝お袋とケンカをしたせいで家に居づらくなり、渋々散歩に出たのだった。 とは言っても、行く宛などはない。適当に牛丼屋で昼飯を食ったあと、ぶらぶらと歩いていたらいつの間にか結構遠くの街へと来てしまっていた。 『はぁ~…。これじゃあ帰るのも一苦労だ……』 何も考えずに歩いてきてしまった自分を恨みながら、本屋のショーウィンドウを見る。そこに映っていたのは、ボサボサの髪に無精髭を生やし、黒いNI○Eのジャージにク○ックス姿の、死んだような目の男。…そう、ぼくです。 ……昔はそれなりにモテたんだけどな……身長は173で止まっちまったけど。まあ、将棋をやっていると知的に見えるのかな……。 なんてことを考えながら歩いていると、見たくないものが目に入ってきた。 「あっ………」 今の俺の容姿以上に見たくないもの………プロ棋士のポスターだ。 そこには、ぴしっと和服を着込み、鋭い視線を投げる二人の男。中央にはデカデカとした文字で『第27期竜王戦開幕! 羽谷名人と渡部竜王、永世称号を賭けた決戦!』と書かれている。 「………来なきゃ良かった」 せっかくの休日だというのに、俺のテンションはまっ逆さまに地に落ちてクレーターが出来そうな程沈みこんだ。そもそもそんなにテンションが高かった訳でもないのだが…。
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