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「おい、バイト君」
「………」
「おーい、バイト君!」
「………」
「おい!聞いているのか君は!」
「………」
そこは、段ボールがうず高く積まれた工場の中だった。周りには俺と同じようにツナギを着た作業員達が、ベルトコンベアーに張り付くように立ち並び、流れてくる段ボール箱に化粧品サンプルを詰め込む作業を延々と繰り返している。
「おい、聞いてるのかと言ってるんだ!」
「……はい、すみません…ボーッとしてました……」
俺の隣で怒鳴り声を飛ばしているのは、現場監督役のオッサンだ。俺が無視を決め込んでいたと思っているようで、その顔は真っ赤になっている。
「この箱、君の受け持ちだろう? サンプルの詰め方が雜なんだがね」
「そうですか…すみません、気を付けます」
「ッたく、しっかりやってくれよ……」
俺がいつもみたいに気の抜けたような返事を返すと、吐き捨てるように毒づいて詰め所へと戻っていった。
「………」
その背中を眺めた後、再び作業にもどった。時刻は午後3時50分。終わるまであと一時間くらいだ。
詰め所の窓ガラス越しに、監督役のオッサンが工場長にヘコヘコしてるのが見えた。
……そういやあのオッサンも派遣社員だったっけな………。
そんなことを考えながら俺は、ダルい流れ作業を適当に続けるのだった。
夢の終わりを、学校の先生は教えてくれない。いつか自分で気づかなければならないのだ。
そして、俺はそれに気づくことができなかった。………いや、気づいていたのに、認めることができなかったのだ。認めてしまえば、今までの自分が否定される。青春の全てを注いだ今までが否定されてしまうような気がしたからだ。
工藤大志 24歳。
職業 派遣アルバイト。
満21歳の誕生日を持って、新進棋士奨励会を1級で退会。
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