遙かな薫り

2/3
前へ
/31ページ
次へ
 真夏の名残を抱いた太陽がじりじりと照り付けている昼下がりであっても、墓前は涼しい風が吹いていた。自宅の庭先から切ってきた花を供えて冷たい水を墓石にかけると、薫はしゃがんで静かに手を合わせた。遙がいなくなって半年が過ぎてようやく、落ち着いて手を合わせられるようになった。  頬を撫でる風が少し強くなった気がした。いこうか、と聞こえてくる。薫が立ち上がり歩き出すと風がふわりと追いかけてきた。  いつもの席に座ると、すぐに店員がやってきた。 「キリマンジャロ、ブラックでお願いします」 いつもと同じ注文だ。店員もそろそろ顔を覚えたのかもしれない。かしこまりました、とお辞儀をして去って行った。最初に一人でこの店に来て同じ注文をしたときは不思議そうな顔をされた。  今日は9月の10日。薫がこの店に通うようになって4カ月だ。訪れたのは5回目。最初に来たのは1年ほど前、幼馴染だった遙と一緒だった。  中学1年生の二人が夏休みに来るにしては背伸びをし過ぎとしか言えない洒落た喫茶店に、遙は何のためらいもなく入った。 「キリマンジャロ。ブラックお願いします。薫は?」 「あ、えっと・・・カフェオレを」 そわそわと落ち着かない様子の薫を見て、遙はくすりと笑った。 「そんな緊張しなくても」 「だって、こんなお洒落なとこ来たことないし」 「あれ、意外だな。お嬢様な薫のことだからてっきり慣れたものかと」 「お嬢様なんかじゃないよ。遙こそ、なんでそんな慣れた風なの」 僕だって慣れてるわけじゃないよ、とふっと笑って遙は窓の外に視線を移した。  薫からすればいつだって遙はなんだかちょっと先を歩いているようだった。大人びていて、しっかりしていて。そしていつも、何かを見透かしたような目をしていた。だけれどその雰囲気が薫には心地よく、遙といると安心できた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加