へやごと

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 四六時中一緒に過ごす人は自分と相性の良い人であってほしい。それは誰でも普通に願うことだろう。私だって例外ではない。だが、実際にその願いが通るかどうかはまた別の話である。  私のもとで最初に暮らした人間は一年あまりで私のもとを離れていった。彼は有能な商社マンだった。毎朝決まった時間に起きて仕事に行き、夜遅くに帰ってくる。電気が灯されている時間は一日のうち二時間もなかっただろう。それでも彼は帰ってくると少しほっとした顔をして、週末にはビールで乾杯することもあった。彼も私のことはそれなりに気に入っていたようだった。それでも、一年あまりである。彼が私のもとを去ると決めた理由は全部聞いた。なんでも、仕事が忙しくなりすぎて私のもとにいては仕事に支障が出るかららしい。私は黙って彼を見送った。  その半年後、今度は芸術家の彼女が私のもとにやってきた。彼女は初対面の私をぐるりと見まわして、すぐに私のもとに来ることを決めてくれた。彼女は快活で、よく喋る人だった。私は彼女の手先から生み出されていく作品を見るのがとても好きだった。商社マンだった彼と一番違ったことは、彼女はほとんど一日中私のもとを離れることなく仕事をしていたことだった。彼女とはそれなりにうまいこと付き合いが続いた。それでも彼女もまた、私のもとをやがては去っていった。四年と三カ月である。お喋りな彼女のその理由は、寂しくなったからだそうだ。  たしかに、私の周りはいつも静かである。人の声や車の音よりも鳥や虫の声がたくさん聞こえ、穏やかな時間が流れている。その分ちょっとだけ不便かもしれない。電車の駅に出るにはバスを使わないといけないし、そのバスだって頻繁に来るとは言い難い。  たしかに、忙しい商社マンが住むには田舎すぎるところに建っているのかもしれない。お喋りな芸術家が住むには人の気配が物足りないところに建っているのかもしれない。  彼女が出ていってから私という部屋に住む人はまだ見つかっていない。誰かが言っていた。部屋は住む人がいて家具が置かれて生活が営まれて初めて部屋になれるのだと。
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