10人が本棚に入れています
本棚に追加
「赤い女に声をかけてはならない」
それは、俺の住んでいる町に、いつからか語られるようになった都市伝説のようなものだった。
赤い傘をさし、赤い服を着て、赤い靴をはく女。
声をかけると、魅入られて黄泉の世界へ連れて行かれるだとか、取り憑かれるだとか、結末は曖昧模糊な漠然とした不安。
そして、その女は、今俺の目の前に居る。
恐怖というより、目が離せない。
その理由は一つだ。
この世の者とも思えないほど美しい。
傘に隠れて見えなかった顔が一瞬、こちらを向いた瞬間に俺は恋に落ちた。
今までに、ただの一度も一目惚れをしたことがない。
どんなに美しい女でも、俺は冷静に見る自信があった。
美しい女は鑑賞には堪えるが、実際に話をしてみると面白みのない女が多かった。
面白みがあると思えば、病んでいたりと、今までの恋愛経験から、ロクなことがなかったので、自然と俺は、女の外見にさほど興味を抱かなくなっていたのだ。
その俺が、こんなにも簡単に恋に落ちるほど、その女は魅力に溢れていた。
その女は不思議な女だった。
必ず雨の降る日に、その女は現れた。
駅のホーム、雨には濡れない場所にも関わらず、ずっとその女は傘をさしたままだった。
混雑の中、その姿は傍目にも異常だし、迷惑行為は甚だしいはずなのに、俺の目は曇っていた。
いつも俺とは反対方向のホームに佇んでいるから、俺は遠くから見つめることしかできなかった。
そして、俺はついに我慢ができなくなり、通勤途中にも関わらず、そのホームの方向へと歩き出そうと歩みを進めた時だった。
「よお、おはよう!」
後ろから、肩を叩かれ、振り返るとそこには同僚が白い息を吐きながら立っていた。
「ああ、おはよう。」
「なんだよ、朝から、ボケっとして。そんなんじゃ、仕事でミスるぞ?」
同僚が笑った。
俺は慌てて、彼女の姿を追ったが、もうすでに傘をたたんで、電車に乗る後姿しか見えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!