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俺は今までの経緯を話した。
いつも向かいのホームに赤い傘に赤い服の女がいたこと。
声をかけて、付き合うようになったこと。
「俺も今まで、ずっとお前と同じ駅から通勤していたけど、そんな女は見たことが無い。そんなに目立つ風貌だったらわかるはずだ。」
同僚はそう答えた。
彼女は幻だったのだろうか。
その日以来、彼女からはまったく連絡もないし、電話番号も使われていないと告げるばかりだ。
失意の俺の前に、夕方、逢魔時と呼ばれる時間帯に、彼女は再び現れた。
彼女は珍しく傘をさしていなかった。
確か、傘をささないと、皮膚が水ぶくれになるのではなかったのか。
彼女はぼんやりと、夕日を見つめていた。
そして、俺は、彼女の違和感に気付く。
行き交う人々の影が、長く伸びているにもかかわらず、彼女の足元には影がなかった。
俺はそこで、全てを悟った。
そして、彼女に気付かれぬよう、そっと後ろから彼女に告げた。
「ねえ、影はどうしたの?」
彼女が傘をさして、人混みに紛れていた理由はこれを隠すためだったのだろう。
自分に影の無いことを隠すため。異様な格好をしていれば、自然に足元の影ではなく、彼女の姿だけに人の目はとらわれてしまう。
その姿を見ることのできる人間は限られているのだろう。
その日から、彼女はずっと俺と暮らしている。
それが俺の望んだことだから。
人間に気付かれた魔物は、ずっとその人間の言うことを聞かなければならないのだから。
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