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呼び止められて、振り返るとそこには
「お帰り、もうご飯、食べたの?」
家から出ていったはずの兄が帰ってきていた。手にはお土産らしき紙袋と携帯電話を持って、なつかしい、小学生の頃から使っているリュックサックはここから見ても分るくらい色あせている。
「夕ご飯って……なに、いまさら」
「いや今更もなにも心配でさ、あれから、その、元気でやってるかと思って」
「そんなこと言われる筋合いないでしょ、何しに来たの」
「ん、まあ、ちょっと挨拶」
兄は許可も得ないで私に手を伸ばしてきて、思わず目をつぶったら頭をなでられただけだった。とりあえずただいま、なんて言葉に返事はしなかった。俯いたまま、顔を上げる事ができなかった。懐かしいにおいは、一瞬で私をあの時に押し戻して帰さないようだった。
「背、のびたなあ」」
「……そっちこそ」
「入っても良いか、お土産、あるんだ」
「うん……」
ポケットから取り出した鍵を兄が取って、差し込む。思わず顔を上げたら笑われた。我が物顔で先に入っていくその背中越しに見た玄関はやっぱり何もなくて、暗くて、今日もお母さんは遅いんだったと思い出させた。
「え、なに、いつもこんな感じ?」
「そうだけど」
「へー、あの人がねえ……」
兄は失礼な事を言いながらリビングへと行ってしまう。取り残された私はまだ靴も脱いでいなくて、学校のカバンを下ろしてもいなくて、身体の重さがよりいっそう増したように感じた。
いやな思い出だ。
お父さんとお母さんが離婚したのはもう五年も前のことで、それは端的に言ってお父さんの方に原因があったと言えるけど、悪いのは私だった。
まだ小学生だった私はある日、たまたま掃除当番がなしになって習い事もなく、首にかけた鍵で家の扉を開けた時、玄関に大きな革靴が置いてあったのを見た。
「あれ、お父さんいるんだ」
どうしていつものように、大声でただいまを言わなかったのだろう。私は普段はいるはずのないお父さんに一番に会えるのが嬉しくて、揃えなきゃいけない靴を脱ぎ捨てて書斎へ上がっていった。
「お父さんお父さんあのね――」
――……
……
「おーい、なにやってんだ?」
気がつくと、お兄ちゃんが廊下に顔を出して手招きしている。
「お菓子、あけるぞ」
「ご、ごめんごめん、じゃあお茶いれる」
私は靴を揃えることもせず、勢いに任せてそんな事を言った。
「ありがと、もらう」
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