第1章

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 静かに置いたつもりのカップが震えて鳴る。紅茶の水面に写った自分のバラバラの瞳が、妙にシリアスに私を見返していた。 「新春クイズバラエティって番組、知ってるだろ」 「そっ、それに出るの!?」 「“おねぇチーム”の一人として、だったかな、ま、本人は賑やかし担当だろうとか言ってたけど」 「…………!!」  言葉がないとはこの事だった。笑ってしまいそうですらあった。けれど、まさか自分の身近な人が、それが過去の事だったとしても、そうして誰の目にも触れる存在になるのは、どこか寂しい気もするのだった。  ――ごめんな、お父さん、二人のパパになってあげられなかったんだ――  三年前、出ていく日、彼は精一杯に見える笑顔で、苦笑いにしかなっていなかったけれど、私達にそう言った。  それはすごくすごく、例え叱られて怒鳴り散らされたってそうはならないようなショックなことで、でも昔のことで、当たり前だけれど、今更そんな「おねぇ」なんて言葉で包まれても全然笑い話になんてならない。  私はその中身を知ってしまっているから、お兄ちゃんもそうだと思ったのに、目の前に座って美味しそうに紅茶の息を吐いた彼はまるで世間話でもしているかのように態度を変えない。私も、まだ甘さの残った口の中をお茶で綺麗にしたいと思っても、膝にのせたままの両手はガチガチで動かない。 「突然ごめんな、久しぶりにさ、ちょっと様子みにいきたくなって。親父がダメでも、まあ、俺なら入れてくれるだろうとは思ったし」 「ん、そうだね、お母さんもさみしがってたよ」 「へえー、本当かな」  私はお母さんが、たまに独りで昔の写真を開いたり、クローゼットに閉まってあるお父さんの服をまだ捨てていないことを知っていた。けどそれを言おうか言わまいか迷っている、いや、それとも分からない気持ちをもてあましているうち、お兄ちゃんがカップの中身を飲み干して、ソファから立ち上がってしまった。 「お母さん、許してくれると思う?」 「んん? 何が」 「……ごめん、何でもない」  謝ってみても、それは届かなかったようで、兄は背もたれに手を置いて「まあ、夫婦ってのは分かり合えない部分に目をつぶるって事も必要なんじゃない、今回のことに限らずさ」と慰めるように言った。 「お兄ちゃんは分かるの?」 「いやあ、何だかんだでまだ、そこはほら、男同士だし」 「男じゃないと思うけど」
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