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見渡す限り一面、銀の波だった。
突風に吹き倒されたススキが嵐の海のようにうねっている。広大なススキ野原の手前は黒々した火山灰の大地で、戦車のキャタピラ跡が幾筋も走っている。100平方キロメートルを超える手つかずの原野は栄養分に乏しく、農業には向かなかった。日乃元(ひのもと)進駐軍はこの不毛の地を北不二(きたふじ)総合演習場として占拠し、関係者以外の立ち入りを厳しく制限していた。
展望室の分厚い防弾ガラス越しに目を上げると、日乃元一の霊峰・不二山(ふじさん)が雄大に裾野を広げている。秋も深まり、頂(いただき)の雪化粧がまばゆく陽光を跳ねている。この国の人間なら、この景色に胸を打たれない者はいないだろう。だが、自分は違う。不二の山などには背を向けて生きたかった。
「ここの暮らしには慣れたか?」
背後から声をかけられ、逆島(さかしま)断雄(たつお)は振り向いた。秋の文化祭と異種格闘技戦の後、東島(とうとう)進駐官養成高校を繰り上げ卒業し、今では十六歳にして新任の進駐軍少尉だった。両肩と胸につく階級章は銀の一本線である。兄の逆島継(つぐお)雄進駐軍作戦部少佐が感情の欠落した顔で立っていた。
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