第1章

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呼び止められて、振り向くとそこには、べったりと赤い口紅を付けた隼人がいた。 赤い口紅、って言っても誤解しないでほしい。 隼人はれっきとした男だ。 オネエでも、女装男子でもない。 口紅は隼人の口から少しズレている。 こりゃオンナノコに付けられたな。 隼人はとんでもない女好きだ。 もう病気だと言ってもいい。 女の子を見たらとりあえず声を掛けなきゃ失礼だ、とイタリア男のような事をぬかす奴だ。 「だってよ、本能ってモンがあるだろ?」 「本能を語るならより良い遺伝子を残すため、ってやつだろ? 手当たり次第なお前は間違ってるよ。 そりゃもうナンパ依存だよ」 隼人は顔についた口紅に気付いてないのか、そのまま俺の隣を歩く。 教えてやっても良いけど、どうせナンパしようとするだろ?ことごとく振られるこいつを見るのも面白いから、黙っておく。 だけど、今日に限って隼人は女の子に声をかけなかった。 何人も女の子とすれ違うのに、隼人はその子達を見ようともしない。 「お前、今日は女の子に声掛けないの?」 「もう、声なんてかけねぇよ」 一度成功したからって、満足する奴じゃなかったはずだ。全くこいつらしくない発言だ。 「よっぽどいい女と会えたの?」 俺の質問に、隼人は幸せを噛みしめるような笑顔をこぼした。 「……ああ。本能が、この子だって 言ってる」 そりゃゴチソウサマ。 こいつのこんな顔、初めて見た。 「なに? もう一緒に住んでんの?」 「ああ。可愛いだろ?」 「は? 俺、会ったことある奴?」 隼人が「何言ってんだよ」と笑った。 いつの間にか、顔についた口紅が更に広がっている。隼人の向こう側の風景が、陽炎のように揺らいだ気がした。 そこに、何かがある。 隼人の向こうからゴボゴボという水音と、生臭い匂いが漂ってきた。 陽炎が徐々に隼人に被さっていくと、隼人はニヤニヤとしながら「分かったよ。もう帰ろうな」と誰かに話しかけた後に、隼人は言った。 「さっきからずうっと、俺の隣に彼女が居るだろう? 俺の、運命だ」
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