第五話 均衡は左右し

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 警察に通報しても、意味が分からなかったが私には一切お咎め無し。  綾乃の死はどういう訳か、警察は勝手に事故死と断定して扱い、何事も無かったように済まされてしまった。  それから私は虚無に浸りながら、何故かトー横の街に来ていた。  暗くて湿気の気持ち悪いメーター路地を曲がり、奥ばった場所に堂々と置かれた正方形のベニヤで出来た建物。  住所も戸籍も無いのに、マイホームと自身が言い張る建物の主は西洋宗教の神父を成り済ましたホームレスの老人男性。  その老人に私は、問いかけた。  「私はどうすれば良かったの?  神がもし居るなら、信じるべきだった?」  老人は地べたに置かれた土瓶の鍋を煮込み、その中へ薬包紙に包まれた粉を注ぐ。  それから老人は私の前で初めて、笑った。  あまりにも滑稽に、声高らかに笑った。  不適切な彼の態度に怒りを通り越して殺意が沸いたが、あまりにも老人が不気味だった。  「神は存在など、有っても無くとも意味はなかろう。  世界は奇怪に動き、乱数の様に増えて変化し、やがて無数の宇宙で(ひし)めきあう。  その世界で決められた運命を抗う事は許されん。  だが、例外はある。  無数に増えすぎた宇宙では、ワシのように"観測者"として振る舞い、汝のように"探索者"となり、観測者へ結果を語る使者となる必要性が出てくるのだ。  それまた同じく、宇宙を司る"管理者"も存在し、役割の概念を分からずに生死を輪廻する"傍観者"も必要である」  
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