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別れを切り出したその日、俺は初めて先輩に本気で殴られた。
「先輩、俺のせいで、道踏み外させちゃって、人生狂わしちゃって、ごめんなさい。まだ大丈夫ですから、先輩はまだ、戻れる。俺を振って下さい。お願いします。」
確かそんな事をいった直後、
右頬に時速130キロ位の野球ボールが直撃したみたいな衝撃が走って、
そのまま俺の重心は遠心力によって無きものにされて、
一瞬重力すら無きものにされて、
後頭部と背中からどっかに着地して
耳元で良くわからない爆音がなって
三半規管が物凄い勢いでシェイクされて眼前が一瞬白くなって
初めて、
あ、俺殴られて吹っ飛ばされた、と自覚して、
つまり俺は先輩にグーパンされて無様にも吹っ飛んだのだった。
自覚してからも、痛みはあまり無くて、ただすげえほっぺが熱いなと、俺はあまりにも突然の出来事が起こったからか思考を放棄した頭で、そんな場違いなことをぼーっと考えていた。
そしたら、
「……おい、」
と、重低音の声がして、視線を音源の方に向けると、無表情の先輩がいた。先輩のこんな表情を、後にも先にも見たのは一回だけだ。俺は先輩の逆鱗に触れてしまったのだ。
先輩はそのままつかつかと俺の方に歩いて行き、仰向けに倒れている俺の胸倉を掴んで引っ張り起こしたかと思うと、今度は左頬を殴られた。この時先輩は俺の服を掴んだままだったから、俺は倒れる事も許されなかった。それから先輩は俺のボコボコになっているであろう顔をじろりと見てから、急に顔をくしゃくしゃにして、悔しさとか悲しさとか、多分ごちゃまぜになった表情で、今にも泣き出しそうになりながら
「お前さ、俺のこと馬鹿にしてんだろ。」
と、一言。
……それはあまりにも俺にとって衝撃の大きい一言だった。
思わずごくりと唾を飲んだら、鉄の味がした。口の中が急激に乾いていく。何か言おうと思っても、血が固まってこびり付いて、掠れた音しか出なかった。
「せんぱ、」
「死ね。」
先輩は簡潔にそれだけ言うと、俺を突き飛ばして、そのまま自室に篭ってしまった。
そうして、その日のうちに先輩は青酸カリを飲んで、自殺を測ったのだった。
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