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「あの…」
不意に声が聞こえたのでそちらを見ると
そこには、一人の物凄い美人が立っていた。
「私の事、覚えていますか?」
真剣な表情で聞いてくる。
呼び止められた俺…塩野銀治は、
その女性のあまりの美人っぷりに思わず、足を止めてしまった。
めちゃめちゃ
キレイな女性…。
こんな美人に声をかけられたら、俺じゃなくても世の男性なら皆、一様に足を止めるのではないだろうか。
その時の俺は…
なぜか、
道を急いでいた。
『なぜか』と言うのは…
俺がどうして道を急いでいるのか
一体、今どこに向かっているのか
そして、ここは一体、どこなのか
まるで覚えていないのだ。
あたかも、自分自身の意志で、脳みその中からその大事な部分の記憶のみを消し去ってしまったかのような…。
ただ、
どうしても、目の前の道を急がなければならない。
理由は分からないし、
目的地も分からない。
目的地に何が有るのかさえも分からない。
しかし、
ただただ目の前の道を急がなければ、
とてつもなく大変な災難が自分に降りかかかってくるに違いない…。
と、その事だけは、なぜか凄くよく分かっているのだ。
「あの…」
と、その美人が再び声をかけてきた。
「私の事、本当に覚えていないんですか?」
「う~ん」
俺は、それに対して何とも間の抜けた返事をしてしまった。
正直、彼女に全く見覚えは無い…
と、言うか、
道を急いでいる理由のみならず、今日一日の記憶が、いっさいがっさい脳から欠落している。
この美人…過去にどこかで会っただろうか。
が、
いくら何でも
これ程の美人…
一度、会ったら忘れるハズがない。
俺は、おずおずと答える。
「あの。
申し訳ないのですが、誰かと間違えているという事は有りませんか?私は、あなたと会った記憶は全く無いのですが」
「そうですか」
と、女性は残念そうに下を向いた。
そんな事よりも
今、俺は道を急いでいるのだ。
どんな美人に声をかけられたとしても、それが単なる人違いであれば、向こうも俺には用が無いハズだ。
俺は「という訳で失礼します」
と、軽く会釈をするとその場から去ろうとした。
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