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カエデは、
「納得できねーっす!」
ガンと廊下の壁に拳をぶつける。
「?」
小首を傾げる仕草で不思議そうにする冬依に、ますます頬を紅潮させる。
「なんで俺には、何も教えてくれねーんすか」
強く訴えながら顔をあげたら、冬依がすぐ目の前にいて、ギクリと身をすくませる。
冬依は、他人のパーソナルエリアに踏み込んでくる気配をほとんど感じさせない。
知らぬ間にすぐ近くまで忍び寄ってくる。
そして目の前に立った冬依の顔が、まるで飼い犬に駆け寄る少女みたいに無垢で、
「!」
カエデは、いきなり喰らった強烈な突きに、息を詰まらされた。
冬依の小さな拳がカエデの下っ腹に容赦なく潜り込んでいる。
その錐のようにするどい攻撃は、的確にカエデの内臓をえぐる。
「ゲホッ」
痛みと吐き気にむせて壁に手をつくと、冬依は、
「ほらぁ、役立たずじゃん」
無邪気な顔でクスクスと笑った。
冬依の綺麗な顔は、最高の目くらましの役目を果たしている。
綺麗なバラには棘があるという、まさしく実践版だ。
「だからカエデはダメなんだよ。油断大敵」
小鳥がさえずるような声で言うけれど、この顔から、こんなえげつない攻撃が飛んでくるなんて、誰が予想出来るというのだ。
「だ、から……冬依さん。そんな可愛い顔で殴らないで……」
カエデは苦しい息の下で口にする。
でもそんなカエデを無視して、冬依は、
「じゃ、行ってくるからね。ちゃんと秋兄を呼んできてよ」
ヒラヒラと片手を振った。
振り返ってこちらに見せる横顔は、息を飲むほどの美人だ。
危機に陥れば陥るほど、内側からにじみ出る色気で全身を彩るのは、来生家の特性だ。
「……いったい何に巻き込まれてんだよ、冬依さん」
痛む腹を押さえながら、カエデは呻いた。
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