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冬依が一度家に帰って、その後に再度外出することは、そうあることではない。 過保護の春一は、暗くなってからの冬依の外出にいい顔はしないから、長男にはけして逆らわないのが家訓の来生家では、冬依も春一の言いつけにはきちんと従う。 だが、次男の夏樹が仕事に出かけ、3男の秋哉は部活で帰らず、長男の春一だけがたまたま仕事が早く終わってウチに帰ってきたこんな日だけは、冬依はちょっとした用事を作って、 「ボクちょっとコンビニに行ってくる」 家を空けることにしている。 それは、春一と鈴音をふたりきりにするためだ。 婚約までしたのに、このふたりの関係は周囲が心配になるほど進展をみせない。 冬依だって鈴音の隣の席を諦めたわけではないが、だからといって煮え切らない長兄に愛想をつかして、鈴音が出ていってしまったら、それはそれで困るのだ。 だから、こんなほんのつかの間の時間でも、 「……そっか。冬依くん、出かけるのか」 鈴音を喜ばせたいと願う。 鈴音の笑う顔を見たいと思う。 それは冬依が、鈴音にしてあげられるほんの些細なことであって、 『……別に、鈴ちゃんを諦めたわけじゃないからね』 冬依は苦い思いを胸の中だけに仕舞う。
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