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風が強く吹いた。
夜の冷え込みがさらに厳しくなっていく。
覚えてるはず、ないよね。
彼は転校したんだし。わざわざ戻ってくる訳ない。
久しぶりに訪れた、すこし小さい小学校をもう一度見渡し、歩き出す。
「会いたかったな」
そう小さく呟いたとき、声が降った。
「えり、ちゃん」
振り向くと、暗くてよく見えなかったけれど、背の高い男の人が立っていた。
まさか
「ジュンくん…?」
すると、表情は見えなかったけれど、小さく漏れた吐息で、彼が笑ったのだと分かった。
あまりの驚きに声が出ない私に、彼は優しく声をかけた。
「覚えてたんだね、約束」
「…うん。まさか、会えるなんて」
彼は一歩近づいて、私の顔をみて微笑んだ。
「部屋を片付けてたら、手紙を見つけてね」
この時初めて、彼の顔がはっきりと見えた。
一重の切れ長の目が印象的だった。いくら仲良しだったといえ、十数年あっていない。写真も残っていなかった。目の前の爽やかな雰囲気の好青年の姿からは、幼い思い出を引き出すことは出来ず、時を経た再会のはずなのに、初対面であるような不思議な感覚に襲われた。
そんな私に対して彼は
「変わらないね」
と、真っ直ぐに言った。
覚えていないとは言えず、とっさに目をそらしてから、
「ジュンくんも」
と、言うしかできなかった。
でも、
「タイムカプセル、掘ってみようよ。思い出のものとか、入ってるかもしれないし」
自分への説得も込めて、私は校庭に足を踏み入れた。
古い校門は建付けが悪く、簡単に中へ入ることが出来た。
タイムカプセルを埋めたのは、校庭の端にある大きな桜の樹の下。これは、部屋で見つけた缶の中の手紙に書いてあった。
卒業以来の小学校は、なんだか小さく感じたけれど、この桜の樹は変わらず大きかった。
私たちはその根元に座ってタイムカプセルを探した。
「よかったら使って」
そう言って持ってきたスコップを差し出すと、彼は「用意がいいんだね」と、小さく笑った。
心臓が高鳴る。
目の前に、遠い昔に好きだった人。ふと放たれた初恋が、輝きをまとって胸を打った。
その緊張を悟られないように、色々なことを話した。
彼が転校してからのこと。彼が引っ越した街のこと。この町のこと。そして、今はお互いに東京の大学に通っていること。
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