第1話 森の隠れ家

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森の中は、早朝だというのに早くも蝉たちの大合唱だった。 シイやブナの木の葉からこぼれてくる光は矢のように強靱で、今日も暑くなることを予感させた。 雅斗(まさと)は少しうんざりしながらも、いつものようにその朽ちかけた廃屋のドアを開けた。 夏休みも、あと2週間で終わる。 この辺鄙な寒村に連れてこられて、2回目の夏休みだ。 けれど雅斗は、この村での生活に馴染めずにいた。 未だに納得がいかない。 小学4年生だった去年の春、両親の離婚でいきなりこの父の田舎に住むことになった雅斗には、無理強いされたという思いしか無かったのだ。 大人たちは勝手に離婚し、勝手に住み慣れた街や友達から、自分を引き離した。 母親は雅斗の親であることをあっさり辞め、どこかで再婚し、会いにさえ来ない。 父親は遠くの職場まで通勤することになったので、家には寝に帰るだけで、平日はほとんど顔を合わすこともない。 雅斗の世話をするのは、口の悪い、皺くちゃの祖母だけだ。 夏休みが楽しかったのは、市内の学校にいた3年生までだった。 この田舎の小学校は、祖母の家から歩いて1時間。バスは、老人のための施設バスしかない。 一番近くの級友の家に行くにも、歩いて30分掛かる。 とくに仲がいいわけではない級友の家なので、行くこともなかったのだが。 そんな風に、自分から打ち解けようとしない雅斗であったため、訪ねて遊びに来てくれる友人など居るはずもなく、昨年も今年も、ほとんど家の近くの、この森の中に入って、膨大な時間をつぶしていた。 この朽ちかけた小さなあばら屋を見つけたのは、昨年の今頃だった。 山荘というにはお粗末で、小屋と呼ぶには可愛すぎる、洋風の造りをしていた。 祖母に訊くと、その山を所有していた老人が若い頃に建てたものだが、10年も前に亡くなり、価値もないので、そのまま土地と一緒に放置されていると言うことだった。 言うまでもなく、それは独りぼっちの雅斗の、格好の遊び場所となった。 うるさく小言ばかり言う祖母のそばにいるよりも、ここにいた方がよっぽど楽しい。
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