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好きな漫画本やゲーム機、そして水筒と塩むすびを幾つか持って、ほとんど一日そのあばら屋の居間ですごした。
居間と言っても、部屋と呼べるのはその一間しかなく、あとは汲み取り式トイレと釜の風呂、納戸と小さな台所があるだけだ。
当然、水も電気も使えはしない。
風呂や納戸は蜘蛛の巣や、割れた窓から入ってきた虫の死骸だらけで気持ち悪く、それらには足を踏み入れないようにしていた。
8月も第3週に入ったこの日も、いつものように色あせて反り返ったドアを開け、部屋の隅の綿のはみ出したソファに座った。
中央には手作りのような粗末なテーブルがポツンと置かれているが、椅子が無いので読書はいつもこのソファの中でだった。
建物が大木の木陰にあるせいか、午前中はヒンヤリとして過ごしやすい。
蝉の声はうるさいが、快適だ。
最初こそ「こんな所に入り込んで!」と、大人達に叱られると思っていたのだが、誰も咎めなかった。
祖母も父も、知っていながら行くのをやめなさいとは言わない。みんな自分たちの仕事で忙しい。
雅斗が機嫌良く過ごしているなら、それで良いと思っているのだろう。
そのほうが気楽で嬉しいはずなのに、同時にとても腹が立つ。
矛盾しているけれど、何故だかとても腹が立つのだ。
お母さんがいたら、「危ないから、そんなところで遊ぶのはやめなさいね」と叱っただろうか。それとも、やっぱり何も言わなかっただろうか。
そんなことを考えてみたが、もう雅斗には確かめる術もない。
「ごめんください!」
蝉の声が一瞬、静まった。
今の場違いな呼び声は何だろう。
雅斗がガラスの欠けた窓から外を覗くと、小柄な女の子がその正面に立ってじっとこちらを見つめていた。
見たこともない子だ。
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