ラブストーリーは突然に?

2/5
345人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
個室から出てみると、そこは戦場に変わっていた。 正確には、戦場に赴く戦士達の控室に。 トイレの鏡の前に陣取る女性達。 誰もが手元にあるポーチから、次々に道具を 取り出し、まるで別人のようになっていく。 ここまで変身したら、ある意味詐欺だろう。 怖っ、そんなんじゃ相手が怖気づいちゃうよ。 内心そう思うほどに、彼女達は殺気立っていた。 けれど、口には出さない。 そんな事を言おうものなら、明日から 出社できなくなるかもしれない。 なぜなら、目の前にいるのは全員、尊敬すべき 幸(さち)の先輩方だから。 「すみません。ちょっと、手を洗わせて いただいても……」 戦士の一人に恐る恐る声をかけ、なんとか 手を洗うことができた。 彼女達がなぜ、これほど殺気立っているか。 理由は今日がバレンタインデーだから。 お目当ての男性のハートをゲットするべく、 彼女達は戦場に赴く兵士の如く、万全の準備に いそしんでいる。 せいぜい頑張ってくださいね~ トイレを後にしながら、幸は心の中で 先輩たちにエールを送った。 _____ ____ 「ふふふ。 さあ、わたしは帰ってこれでホッと一息」 鞄の中の自分へのご褒美チョコを思い、 頬を緩ませながら歩く。 正面玄関はきっと、お目当ての男性を 待ち伏せする女性達で一杯だろうと、 幸は敢えて裏口へと回る。 そこまではよく計算された行動だったのに、 肝心なところで彼女は甘かった。 鞄の中に気を取られていて、注意散漫に なっていたのだ。 何気なく角を曲がっった時、身を潜めるように そこに立っていた人間とぶつかったのは、 必然だったかも知れない。 「きゃっ!!」 「おっと」 無防備だった幸は、見事にその場に転げる。 「痛った~い!」 「あ~あ。見つかったか」 頭上で呑気な男の声が聞こえ、幸は自分に 何が起こったか、把握した。 「ふ~ん、これはこれで、なかなかソソルね」 「えっ?」 「毛糸のパンツなんて、今時小学生でも 履かないよ」 「パンツ?」 声の方向に振り返ると、男が幸の腰の辺りを 見ている。 「きゃああ!」 ああ、最悪、この世の終わりだわ…… 慌てて起き上がり、めくれたスカートを直した けれど、この男に見られてしまったのは 確実だった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!