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個室から出てみると、そこは戦場に変わっていた。
正確には、戦場に赴く戦士達の控室に。
トイレの鏡の前に陣取る女性達。
誰もが手元にあるポーチから、次々に道具を
取り出し、まるで別人のようになっていく。
ここまで変身したら、ある意味詐欺だろう。
怖っ、そんなんじゃ相手が怖気づいちゃうよ。
内心そう思うほどに、彼女達は殺気立っていた。
けれど、口には出さない。
そんな事を言おうものなら、明日から
出社できなくなるかもしれない。
なぜなら、目の前にいるのは全員、尊敬すべき
幸(さち)の先輩方だから。
「すみません。ちょっと、手を洗わせて
いただいても……」
戦士の一人に恐る恐る声をかけ、なんとか
手を洗うことができた。
彼女達がなぜ、これほど殺気立っているか。
理由は今日がバレンタインデーだから。
お目当ての男性のハートをゲットするべく、
彼女達は戦場に赴く兵士の如く、万全の準備に
いそしんでいる。
せいぜい頑張ってくださいね~
トイレを後にしながら、幸は心の中で
先輩たちにエールを送った。
_____
____
「ふふふ。
さあ、わたしは帰ってこれでホッと一息」
鞄の中の自分へのご褒美チョコを思い、
頬を緩ませながら歩く。
正面玄関はきっと、お目当ての男性を
待ち伏せする女性達で一杯だろうと、
幸は敢えて裏口へと回る。
そこまではよく計算された行動だったのに、
肝心なところで彼女は甘かった。
鞄の中に気を取られていて、注意散漫に
なっていたのだ。
何気なく角を曲がっった時、身を潜めるように
そこに立っていた人間とぶつかったのは、
必然だったかも知れない。
「きゃっ!!」
「おっと」
無防備だった幸は、見事にその場に転げる。
「痛った~い!」
「あ~あ。見つかったか」
頭上で呑気な男の声が聞こえ、幸は自分に
何が起こったか、把握した。
「ふ~ん、これはこれで、なかなかソソルね」
「えっ?」
「毛糸のパンツなんて、今時小学生でも
履かないよ」
「パンツ?」
声の方向に振り返ると、男が幸の腰の辺りを
見ている。
「きゃああ!」
ああ、最悪、この世の終わりだわ……
慌てて起き上がり、めくれたスカートを直した
けれど、この男に見られてしまったのは
確実だった。
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