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最悪だ。この世の終わりだ。
そう思ったことは今までに幾度となくあった。
私の両親は私が物心つく前に離婚していて、それから育った家は母方の祖父母の古い一軒家だった。
祖父、祖母、母、そして飼い犬のケンタ。それが私の家族だった。
祖父は大工をしていて、昔気質な人だった。外を出歩いていることが多く、あまり家にはいなかった。昼は仕事を探して、夜は飲み歩いているのだった。
祖父が酒を飲まずに夜家に帰ることなど皆無だった。
祖母はおおらかな人だったけれど、酒に酔って暴言を吐く祖父とは毎晩喧嘩していた。
祖父は母にも辛くあたった。
「戻ってこなくてよかったのに」「出て行け」とか、たいていはそんな内容だった。
幼かった私はそんな祖父が怖かった。
祖父が帰ってきたら、布団にもぐって電気を消して寝たふりをしてしのいだ。
歯の根が合わなくて、奥歯がカタカタ鳴っていたのを覚えている。
愛犬のケンタはみんなに可愛がられた。彼でさえ祖父には怯えていたが、間違いなく家族の癒しだった。特に祖母の甘やかし具合は半端ではなかった。
気の弱い犬だった。散歩中他の犬に噛まれたことがあったが、その時も母が撃退している間にケンタは一人で家に逃げ帰ってきた。
ケンタが他界したのは私が小学校低学年の時だ。
最後の一年くらいはもう歩くことができなくて、ずっと伏せっていた。みるみる元気が無くなって、吠える声も聞けなくなった。そして、その日は唐突にやってきた。
ケンタはもともと祖父が子犬の時に拾ってきたらしい。母が出戻って私がこの家に来るより前から家にいた。感覚的には弟みたいなものだったけれど、実際は彼の方が先輩だった。
亡くなる前日の夜は、普段食べなかったイチゴも与えたら食べた。祖母がそれを珍しいと喜んでいた。
そして翌朝、私達が起きた時にはもう息を引き取っていた。「まだあたたかい」と、彼を撫でながら祖母が言った。涙が止まらなかった。
初めて経験する生き物の死だった。
泣きに泣いて、とにかく辛くてたまらなかった。ケンタのよくいた場所を見ては思い出して涙ぐんだ。しばらくずっと引きずったと思う。
でもそんな思いも、時間とともに薄れていった。
時間は思い出を風化させ、笑い合える余裕を与えた。
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