雨男の唄

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雨男の唄

「最悪だ…この世の終わりだ…」 駅を出た青年がぽつりと、そんな一言を呟いた。物騒ながらも何気ないその一言は雑踏にもみ消されてしまったが、その言葉は文字通り彼の心に暗雲を立て込めさせた。その心中の暗雲は今日の空模様に感化されて立ち込めたのかは定かではない。雑踏の向こうに見える、無機質なコンクリートとアスファルトで固められた町並み。ビルは天高くそびえ、人々の営みを支えながらも高みの見物をしているようでもあった。そんな駅前のビルを見上げる彼の頬に一滴、冷たい衝撃が走って行った。 それは雨だった。鈍色に塗り固められた空から落ちた銀色の雫は、彼の心を否応なく物理的にも精神的にも濡れそぼらせていく。駅構内に引っ込んだ後も、彼は大きく溜息をついたのだった。 「どうして俺って、いつもこうなんだろうなぁ」 傘梨晴哉(かさなしせいや)は己の不幸を嘆き、名前通りに雨だというのに傘のない手で、少し水滴のついた髪を乱雑に掻くしかなかったのだった。 ~*~ 晴哉は自他共に認める雨男である。いくら雨男という認識が気のせいや思い込みの類であるという話を聞いても、それを俄かに信じられず鼻で笑ってしまう程にははた迷惑なジンクスを抱えていたのだった。彼の記憶には全て、ひんやりとした空気と暗い空、跳ね返る水滴と足元に広がる水溜りが存在した。 小学校の時は運動会が雨で延期になり、遠足も中断になる事などしょっちゅうだった。体育の時も嫌いなサッカーの時は特に雨が降って中止になっていたような気がする。高学年になって晴哉が登校した際、机の横のフックに不恰好なてるてる坊主が何者かによって吊るされていた時は学級問題になったものだ。 だが、それでも幼いながらも彼は悲しそうに笑う事しかできなかったのだった。結局犯人は名乗り出なかったが、それでも良い、否、どうでもいいという気持ちが、子供に似つかわしくない冷めた気持ちが心の中に広がっていた。そのてるてる坊主の主犯が見つかった所で自分への雨男というレッテルはクラスメートの総意である事に変わりはないのだから、別にその顛末などどうでもいいという一種の諦観がそこにはあった。彼にとってはその主犯云々よりも、短い人生の中で薄々ながらも自覚してきた雨男という体質をどうにか変えたいという気持ちの方が何倍も強く、何事においても最重要課題なのであった。
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