雨男の唄

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雫は一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべて晴哉の言葉に返してきたのだった。 「…うんっ。それじゃあ、よろしくお願いします」 「あ、いや、こちらこそ」 何故か畏まられたので、晴哉もつい思わず敬語を使ってしまったのだった。後の細かい事はチャットで決めよう、と取り決めて、二人は無人の教室を離れる。そしてその別れ際、雫は手を振りながら少し気がかりな事を言った。少なくともその、晴れやかな仕草から放たれた何気ない言葉は晴哉の心の中に、青天の霹靂の如き衝撃と胸騒ぎを与えたのだった。 「じゃあね、傘梨君。その日晴れたらいいね」 何も言い返せないまま茫然としていると、雫の姿は曲がり角の向こうへと消えてしまった。その濡羽色の髪が消えたのをなんとなく確認すると、晴哉はしばしその場に立ち尽くしたまま掌を握りしめていた。彼自身、上京してからというものの一度として雨男であるという事を告白したことはない。しかもここ数日、特に天候が激しく荒れたこともなく、雨男であるという事実も忘れかけていたほどだった。 ――「起こりうる可能性のあるものは、いつか起こる」―― いつか自分の心を救ったマーフィーの法則が、5年の時を経て彼の背中にのしかかり、嫌な予感を心中に立ち込めさせた。人生初のデートにこぎつけたというのに、早くも晴哉には嫌な予感しか感じなかったのだった。 「戸井…どうして…?」 そんな情けない声は廊下に小さく反響したが、誰もそれに耳を貸す者はいなかった。 ~*~ しかして、舞台は冒頭へと戻り、予感は的中。家を出る前の天気予報は勿論、このデート当日の数日前からスマホのアプリ等で調べても今日は間違いなく晴れの予報のはずだった。それなのに、彼の雨交じりな半生を思い返している間にも雨は一向に止む気配がなく、駅前のシンボルである銅像が絶え間なく雨風に晒され風化を速められていた。傘のない彼はデート前だというのに浮かない顔で、濡らされて行く町並みをただぼんやりと眺める事しか出来なかった。そして、そんな待ち時間ができてしまうと、人と言う者は様々な思考が働くというものである。彼は先日突然言い放たれた言葉から、他ならぬ雫の事を疑い始めてしまうのであった。 (でも、どうして戸井は俺が雨男だって事を知ってたんだ?俺は間違いなく、一度として上京してから雨男だと言った事はないのに)
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