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猜疑心が募れば募るほど、彼のデートを楽しみにしていた気持ちは見る間に萎んでいく。そして、彼の几帳面な性格故に培われた10分前行動の為に作られた孤独の時間は、とうとう終わりを迎えたのだった。
「傘梨君、お待たせ!結構待った?」
快活な声が背後からかけられ、晴哉はすぐに振りかえる。そこにはセンスの良さを窺わせる、品の良い私服姿の雫がいた。どこか紫陽花を思わせる淡い紫と緑の組み合わせは、ファッションに疎い晴哉でも趣味がいいと言う事を理解できたのだった。
「あ、ああ。おはよう戸井。俺も今来た所だから」
ぎこちなさすら感じる、テンプレ的な挨拶を交わす二人。晴哉の表情が少し引きつっているのは、先ほどの猜疑がまだしこりの如く心中に滞っているからか、それとも生憎の空模様だからかは定かではない。その様子を知ってか知らずか、遅れてやってきた雫はさらに言葉を紡ぐ。
「それにしても…やっぱり雨降っちゃたね。私、余計な事言わなきゃ良かったかな」
その事を蒸し返しかけた瞬間、晴哉は気持ちを抑えられなくなり雫へと一歩踏み出し、思わず両足を揃えて腹筋に力を込め、反射的に頭を深々と下げていた。
「……ごめん!!」
「えっ、何?どうしたの傘梨君!?」
突拍子もない行動に慌てふためく雫。そうして心を惑わせてしまった事にも謝りたくなってしまうが、そこは置いておいて晴哉は細々と語りだした。
「…どういう経緯で戸井に知れたのかは知らないけれど、バレてしまったんなら仕方がない。多分俺の体質のせいで、こんな天気になってしまったんだ」
ぎり、と無意識に手をきつく握りしめる晴哉。その力の出所は、今までの半生における辛さが少なくとも反映されているようにも思えた。
「もう知ってるとは思うけど、改めて言うよ。……俺、実はすごい雨男なんだ。折角のおでかけだってのに、こんな天気で……本当に、ごめん」
今までの人生、雨男体質で他人に迷惑をかけても謝ろうとか申し訳ないだとかいう気持ちになった事はなかった。むしろ笑い飛ばしていた日もあった。しかし、人生初のデートで舞い上がっていた晴哉はそれを台無しにしてしまった事に、今までに感じた事がないまでの罪悪感を持ってしまったのだ。彼の背後で降りしきる雨は、以前として弱まらずアスファルトを穿っていた。晴哉はその雨音と靴音しか聞こえない時間が永遠のように感じていた。
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