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「お、おい戸井?」
慌てる晴哉だったが、次の瞬間彼の心臓は更に早鐘を打つ事になる。
傘を押し付けて来た雫は傘を手放すと、そのまま晴哉の腕に密着するように身を寄せてきたのだ。思わぬ事態に、女慣れのしていない晴哉は仰天しながら、肩程までの背丈しかない雫に視線を向けた。
「…な、何して」
「二人で入れば良いかな、って。傘梨君の方が背高いんだから、傘梨君が持ってくれれば私も濡れないよ?」
「それはそうだけど」
「ほら、早く行こうよ。今日は私が雨の日の東京の良さ、教えてあげるから!」
そして有無を言わせぬと言った感じで、雫は同じ傘の下の晴哉を引き連れて雨の降りしきる東京へと歩みだした。風は一回り冷たくて、少し湿度が高い昼前。だがそれでも晴哉の心は不安定に揺れてはいたものの、陽だまりの中のような居心地の良い温かさを感じていた。
そして晴哉は手を引かれながらも人知れず、高校時代の忘れたくても忘れられない言葉を思い返していた。
――いつか雨の良さをわかってくれる人と出会えたら良いね――
(部長。東京の女の子はなんだかちょっぴり積極的で、戸惑う事もあるけれど…出会えたかもしれません。雨の良さをわかってくれる人に)
普段は雨を忌み嫌う青年、傘梨晴哉。そして同じくきっと雨を憎んだ事もあるだろう女子、戸井雫。雨男と雨女が出会えばその先に雨が降るのは必然の示し合わせであるはずに違いない。
だが、雨でこんなに幸せな気持ちになれるなら。雨を通じてこんなに心を通わせられるのなら。この体質も捨てた物じゃないかもしれない。
新緑の頃の東京で、一人の雨男と一人の雨女は、生まれて初めて雨の日に感謝したのであった。
完
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